Clear flame.


 薄暗い部屋に灯る光は淡い影を作り出していた。
人の形をした二つの影は、互いに交わりながらゆらゆらと揺れている。
 突っ張った脚は痙攣を起こしたようにはね、それと同時に上がる声は一層高く室内に響いた。
 「ぁあっあ……ッ大、佐ッ」
 「ロイ……、だろう」
 「んぁッロ、イ……ぁあ……んぅ!」
 「いい子だ……エドワード、」
 布の擦れる音と湿ったいやらしい呼吸音に交じって、低く擦れた声がエドの鼓膜を震わせる。
ズクンと腰にくる低音は脳の神経を痺れさせ、思考する力を奪ってゆく。
 エドの、その苦しげに喘ぐ唇は十分な酸素を取り入れることを許されず、ただひたすらに自分を求めてくる欲望に答えるだけだった。
 「あッ……ぁあッ」
絶え間なく唇から漏れる声は、普段からは想像も出来ないほどに官能的だった。
そんな声にロイは理性を奪われる。自ら捨ててしまう。まるで初めから無いモノのように。
 またエドも、普段は聞けないロイの低く擦れた声に、その熱い両腕に身体に自らの身体を差し出す。
この時の、特に自分を呼ぶ声は好きだった。
 互いに与え求め合う身体は、まるで熱く燃える炎の様だった。
炎は弱まることを知らずにただひたすらに、燃えるだけ。
 「いつか、私の焔が君を消さないことを祈るよ」

もう、一体いつからこんなことになってしまったのかさえ、思い出せない。


 窓に引いた真っ白いカーテンの僅かな隙間から、太陽の光が部屋に差し込んでいる。
その日差しは丁度、ベッドに眠るエドワードの顔を照らしていた。
時間にすればもう時計の針が正午を指すところだった。
 「大佐……?」
日差しの眩しさに深い眠りから覚醒しつつあったエドから、無意識のうちに声が漏れた。
 軍の地位を指すそれは、昨晩エドを抱いていた者を指す言葉だった。
 「なんだね、エドワード・エルリック。漸くお目覚めかね」
呼ぶ声に、答える声があった。
勿論その人物とは言うまでもなく、大佐と呼ばれたロイ・マスタングその人である。
 熟睡するエドを何も言わずに今まで見つめていたらしい彼は、昼間には不釣合いな笑みを浮かべている。
うつ伏せに寝るエドに対し、ロイは身体を傾けて横に肘をつく体勢でその直ぐ隣に寝そべっていた。
 白いシーツを身体に巻きつけ眠るエドは、何も身に着けていないといった点を除けば幼い子供のような姿だった。
ロイは日差しによって艶やかに光るエドの髪に指先を通しすくう。
指の間に絡む髪が心地良い。柔らかな質感のエドの髪は、彼の心を和ませた。
繰り返し何度も指先を通し、その感触を楽しむ。
 「んんっ」
 やがてエドが再び声をもらす。
気づいたロイが顔を覗くと、瞼がゆっくりとあがるところだった。
「……大佐、」
「おはよう、エドワード」
髪を弄る手はそのままにロイは今まで浮かべていた笑みを捨て、ころりと優しげな笑みを浮かべる。
 まるで、この子供が愛しくて愛しくて仕方がないといった笑みだ。勿論、そうなのだが。
 「今、何時……」
もぞもぞと身体を動かしながら、エドは生身の手でまだ開けきらぬ目をこする。
覚醒しきっていない所為か、うまく呂律が回っておらずその声は聞き取りづらい。
 「丁度正午を回ったところだ。……それじゃ私は食事の準備をしてくるから、戻ってくるまでにはちゃんと起きてるんだよ」
 「うん」
エドの返事を聞き、やけに素直な返事だとロイは満足げに笑う。
指に絡めた髪ごとくしゃりと頭を撫でると、顔を近づけ髪の上から軽く額にキスを落とす。
 ベッドから降り床に落ちていた自分のシャツを羽織ると、そのまま部屋を出て行った。
その背を見送っていたエドは、軽く伸びをし身体を解すとまたすぐに眠りに落ちていく。
 頭の隅では、目覚めなければいけないと訴える声がある。
けれど今は、怠い身体を動かす気にはなれず、その声を無視して気持ちの良い眠りに身を任せてしまった。

 「……エド、エドワード。起きなさい」
 「んんっ」
 「私はさっき『戻ってくるまでには起きてなさい』と言っただろう?」
 エドが再び眠りに落ちた後、しばらくして部屋の扉が開いた。二人分の朝食をトレイに乗せ、ロイが戻ってきたのだ。
しかしベッドの上には未だシーツに包まり瞼を閉じているエドがいた。ロイは呆れたと言わんばかりの溜息をつき、仕方なしにエドを起こすのであった。
 「いい加減にしなさい、私がそんなに気が長くないのは君も知っているだろう」
腰を折り、右手にトレイを持ちながらロイはエドの耳元で半ば怒鳴る。
こうでもしなければ、この子供は日が暮れるまで眠り続けるだろう。
 ロイの声に眉間に僅かにしわができ、僅かに苛立ちを含んだ声に漸くエドの瞼が上がる。
 「んぁ……大佐……ゴメ、寝た」
かすれた声なのは、完全に覚醒していない証拠だ。本当に熟睡していたのだろう、この短時間に。
 「ほら、せっかく私が作った料理だ。早く服をきて食べなさい」
片手のトレイをベッドサイドの小さなテーブルに置き、ベッドと反対側にあった窓の下の椅子を引きずってくる。
もぞもぞと、シーツの中で動く子供に目をやって、頬を緩ませ、ロイは淡く笑う。
 「大佐…昨日とメニューが同じ」
腹の辺りまでをシーツで隠し、肩にかかる長い髪を手で払いながら、エドは唇を尖らせた。
 「文句を言うんじゃない。ここの所、まともに買い物にも行ってなかったからな。仕方がないだろう、」
もう冷蔵庫の中身は空と一緒なんだよ、そう付け足しながら、ロイはベッドに胡坐をかいたエドの横に腰を下ろした。
丁度、トレイを置いたテーブルの正面に位置している。
エドは、するりと生身の腕を伸ばし、自分用に盛り付けられた皿からパンを一切れつかむ。
そのまま口元まで持ってくると、ぴたりと動きを止めてしまった。
 「どうかしたのか、」
それを不思議に思ったロイが、何気なくエドに問いかけた。
 「だって、大佐ってばさっきっから俺のこと見すぎ、」
 「そんなことはない」
 「ううん、十分見てるから。ほら、今も見てる」
即答するロイに、冷ややかな声で切り返す。
エドは、手に持ったままのパンを目線の高さでじっと睨んでいる。
 「……ジャム塗ってないじゃん」
一言だけ言うと、隣のロイにパンを突き出した。
 「それぐらい自分でやりなさい。私は君の……」
 「ロイ、塗ってよ。」
 「鋼の、」
 「だってあんた、さっきっから俺のこと『エド』、『エドワード』って呼んで。俺、あんたのこと『ロイ』って、暗闇でしか、呼んだことないのに、」
 「それとこれとは関係ないだろう、大体、そういうなら鋼のも私の名を呼べばいいじゃないか。二つ名ではなく」
呆れたように言う大人に、少年は顔を歪ませた。

いつだって彼は自分勝手なのだ。
自分が一体何を思っているのか、何に苦しんでいるのか、何に心悩まされているかなど、考えようともしないのだきっと。
だから、自ら口に出して、声にして言わなければならない。
思っているだけでは、思っていないのと変わらない。
言葉として紡ぎ出さなければ意味がないのだ。
そう自分に言い聞かせている。今も。

だから、口に出して言ったというのに。
何も分かっていない。この大人は。何故子供の自分がこんなに苦しい思いをしなければならないのか。

そう自分は子供なのだ。
周りの、大人たちの目を見ていれば分かる。
勿論、ロイ・マスタング、彼の目を見ても……認めてしまう自分が厭だった。

「……分かってない。全然分かってない…!!いつだってそうだ、自分のことばかり。俺のことなんて、ちっとも考えてくれてないんだ、あんたは」
「ハァ……、突然何を言い出……、」
言いかけた言葉を、思わず飲み込む。
「大佐ぁ……ッ!」
悲鳴じみた声を上げ、握り締めた拳で顔を覆う。
生身と、機械の腕を伝っていくのは涙だろう。

ぼんやりと思う、あぁ、気が付かないうちに、気が付いてやれないうちに、この子はその身の内に色々なものを溜め込んでいたんだな、と。
けれど、今気が付いたではないか。
決して自分を鈍いとは思わないが、今度ばかりは苦笑いしか出来なかった。

ぼんやりと、ぼんやりと目の前にある小さな身体に腕を伸ばす。
視界に入ってきた--子供が泣き出した拍子に手から落ちた--パンは、波打つシーツにのまれていた。

「ロイだろう、エドワード。」
「ロ、イィ……ッ」
彼の中の、何かが切れてしまったのだろう、エドは声を抑えようとも、涙を堪えようともせず唯ひたすらにロイの腕の中で泣き続ける。
何も身に着けていないエドの肌は少しひんやりとしていて、泣いている所為か頬だけが熱かった。

「エドワード、……気付いてやれなくてすまなかった。……だが、許してくれ、」
ロイの、エドを抱きしめる腕に力がこもる。
「私は、決して君のことを考えていなかったわけではないんだよ。私は、私は私なりに……、エドワード、君のことを考えていたんだよ。これは悩みといってもいい。そうだな、唯一、私を一日中苦しめていた悩みだな」
暖かいロイの体温に、エドは両腕を彼の背中にまわし、力の限り抱きしめる。
お互い、息苦しいほどの力で抱き合っている所為か、相手の鼓動が聞こえてくるようで、何とも言えぬ安堵感を感じ始めていた。
「苦しめてって…俺、そんなつもりな……いし……っ」
苦しげにしゃくりあげながら、未だ止まらぬ涙を堪えようとエドは必死に言葉を紡ぐ。
しかし、逆に涙はその量を増して、顔を押し当てていたロイの肩を余計に濡らすだけだった。
「あぁ……君にはそんなつもりはないだろうがね。私は、苦しんでいたんだ……だが、これは辛いものではないのだよ。むしろ、嬉しいことだ」
「嬉しい……、」
「そうだ。喜んでもいい。こんな苦しみなら、私は一生悩んでいてもいい……」
そう言ったロイの顔は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「…ロイ…、」
まるで、一言一言が、愛の告白のように甘く耳に届く。
否、そうなのかもしれない。この、身体全体で感じている、この熱は、きっと彼の愛の深さなのだろう。
エドは無意識のうちに感じ取っていたのだろう、彼の顔にもまた、涙を流しながらも心からの笑みが浮かんでいた。
ドクドクと脈打つ心臓が、はちきれんばかりに動いているのを感じる。
エドは、顔を埋めていた肩から離れると、ぐちゃぐちゃになった顔も気にせずにロイに口付けを求める。
ロイもそんなエドを愛しく思いながら答える。
「なんかしょっぱい、」
「……それは鋼のの、涙の所為ではないかな?」
「いいや、大佐の所為だね。……ロイの所為だよ、ロイだって、俺と同じじゃん。顔ぐちゃぐちゃ」
「私が……、」
言われロイは、自分の顔に手をやる。すると、掌に濡れた感触があった。
「あ…、」
「ほら。気付いてなかっただけだよ。俺と同じだ。ロイ・マスタング」
思わず、間抜な声を出してしまったロイに対し、エドはからかいを持って言う。
頬を伝っていた涙は止まり、代わりに無邪気な笑顔があった。
自分はまだ子供なのだろう。けれど、そんな子供の自分だからこそ、この大人に出来ることがある。と、エドは感じ取っていた。
それは、計算された行動でもなければ、目的を持ってすることでもないのかもしれない。

「ところでさー、ロイ。これ欲しいんだけど。」
「……これがか。これを、私に買わせようというのか」
「他に誰がいるってんだよ。何?もしかして、」
「わかった。買ってやる。私が買ってやるからその手を離したまえ」

二人は街に出て、エドがこれから必要だという資料などの買い物に来ていた。
主に、エドがロイを連れ回しているのだが、何故か支払いはすべてロイ持ち。
さらに、そのロイが支払った金額以外にも、中央司令部に請求書が行っていた。
金は天下の回り物とは、よく言ったものだ。(違う)

「っで、エド。もうこれで最後なんだな、」
「ああ、これで最後。あとはアルのやつに買っていってやらねーとな」
相手の顔など一切見ずに返事を返す。
そんなエドの態度に、ロイは全身の力が抜けていくのを感じた。
もうすでに、自分の懐には一銭も残ってはいない。
請求書も、これ以上中央司令部に回しては流石にまずい。
ロイは、大きな壁にたった一人直面していたのであった。

いっそうの事、自分の年間研究費から出してしまおうか。どうせろくに使いやしない。
まぁ何故だかは今は伏せておこう。


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