ひとつめの話


 休み時間、いつものように本の続きを読んでいた黒子は、自分の斜め後ろにできている女子の集団からの黄色い声に少々うんざりしていた。
原因は先日発売されたばかりの”黄瀬涼太”の写真集である。『この顔サイコー!』だの『やばい彼氏にしたい〜』などとキャアキャア盛り上がっている女子には悪いが、黒子からすればいい迷惑である。
 ここにはいない原因の彼を思い浮かべて、誰にも悟られないほどのため息をついた。
そこでふと思い出す。そういえば数時間前、その彼からメールが届いてはいなかったか。毎日しつこく送られてくるメールに、黒子は気まぐれにしか返信しない。
 読みかけの本に丁重に栞をはさむと、ズボンから取り出した携帯をぱかりと開く。
とりあえず、最後に来たメールを開いてみる。顔文字や絵文字が入り混じった文章に彼らしさを感じつつ、メールの最後にあった『この前はデートの約束ダメしてごめん。今度改めて誘わせてもらうっス!』の一文にだけに返事をすることにした。
(あり…がとう…ございます…、そ…ういう、ところ…)
「よし」
 ぎこちない手つきで打ち終わった文章を送信する。内心満足気な黒子は携帯をつくえに置いて、既に読む気も失せてしまった本はカバンに戻し、ぼんやりと窓の外に視線をやった。
 そして5分と経たずにメールの着信である。送り主はやはり黄瀬であった。
「さすが素早いですね……」
言いながら、開いたメールの内容に一瞬息が止まる。
 画面には一言だけ、『俺も好きっス!』
彼はいつだって自分のことを好きだという、それは直接でありこうしたメールや電話であったりする。けれどやはり、何度言われても慣れない。冷たくあしらっているようにみえても、黒子も黄瀬が好きなのだ。
好きという言葉にドキドキするのだ。
 なんて返事を……そう考えていた矢先、すぐ後ろから「えっ!」と驚きの声が上がった。
「えっ!黒子くん!黄瀬くんと知り合いなの?」
「えーっマジで!?ってかなんで!」
 先ほど写真集で盛り上がっていた女子の集団が、なんの偶然かタイミング悪く黒子の携帯画面を見てしまったらしい。
人の携帯を盗み見るとは失礼な人ですね、言いたい気持ちを抑え黒子はすぐに携帯を折りたたんだ。
「今のぜったい、黄瀬涼太ってあった!俺も好きって、黒子くん黄瀬くんの好きなもの知ってるの?教えて!」
 雑誌などでさんざん特集が組まれている彼である。好きなものなど、とっくに記事になっているはず。それでもこうして聞いてくるのはどうしてだろう。彼のファンならそんなこといまさらだろうに。黒子は先程よりもうんざりとした気持ちになる。
「おい、てめーらいい加減にしておけよ。勝手にひとの携帯覗きこんどいてなに言ってんだよ」
 ガタッと前からイスのずれる音がしたと思えば、身体ごとふりかえって女子達を睨む火神の姿があった。
「お前もだ黒子、なんで黙ってんだよ」
そういう火神の視線の先はつくえの上の黒子の手で、促されるように自分の手を見れば指先が白くなっていた。無意識に携帯を強く握りしめてしまっていたらしい。
「えーいいじゃん、」
「よくねえよ」
 なにか言いたげな女子に凄んでみせると、それ以上は言っても無駄だと悟ったのか、顔を見合わせた女子達はそれぞれ自分の席へ戻ってしまった。
「火神くん、こわいです。女の子にはもっと優しくして下さい。……でも、ありがとうございます」
「でもってなんだよ。あぁまあ、気にすんな。それよりお前、なんて送ったんだよ。そんな返事くるなんて珍しいだろ?」
 火神は黄瀬と黒子の関係を知っている数少ない友人だった。愚痴なのか惚気なのか、そういった話を黒子から度々聞かされている。火神としてはいい迷惑だったりするのだが、こうして気持ちを汲んで助けてやれるならいいやと割と適当である。
「あとでお話しします」
 からかうわけでもなく、ただなんとなくといった感じで聞いてきた火神に、黒子はほんの少し目尻を下げて、携帯を指で撫でながら言った。


END


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