10年後の話
「あっ!おい!もしかして沢田じゃないか?!」
突然背後から声をかけられ、綱吉は何故こんな場所で自分を苗字で呼び止めるような人物がいるのかわからず、しかし苗字を呼ばれたからには恐らく顔見知りかなにかだろうと、声のする方を振り返った。
これがまったく不用意な行動だったと、のちに後悔することとなるとは露ほどにも思わなかった。
振り返ったその先に日本人の集団を見つけた。その中の一人が綱吉に向かって手を振っている。恐らく声をかけてきたのはこの男とみて間違えはなさそうだ。
日本人で恐らくはフルネームを知っている人物。こうなってくると大体の見当はついてくる。綱吉がイタリアへ渡る前の知り合い、つまり学生時代に関わりがあった人物だ。
綱吉はここイタリアで、しかも行きつけのブランドショップでこんなことがあるとは夢にも思わず、振り返ってしまった以上どうするべきかと今更になって横に立っている側近の獄寺に視線を向けた。
「そうですね、恐らく昔の同級生でしょう。あの集団の中に高校時代見た顔がいます」
「やっぱり同級生か……参ったね」
獄寺は視線を集団から綱吉に戻すと、考え込むように腕を組み顎に手を当てた。
「迂闊に反応しましたね」
「不注意だったって、ごめん」
「いえ、責めてはいませんよ。ただ、ちょっと困りましたね」
無視するわけにもいかない。
このまま姿をくらます事もできたのだが、運の悪い事にここのショップには綱吉がマフィアのボスということは告げておらず、経営に関わっている重役程度に伝えてある。 ここで変に姿をくらましたとなれば、後々話が面倒になる。
「俺が適当に話をして帰しますから、沢田さんは用を済ませてきてください」
「任せちゃってもいいの?まあ確かに時間もないし、俺としてはその方が都合がいいんだけど」
獄寺は、ここイタリアに渡る随分前、高校時代に普段の綱吉の呼び方を改め沢田さんと呼ぶようになっていた。中学時代も相当周囲を不思議がらせていた『十代目』呼びだったのだが、高校に入り中学のときのように目立つ呼び方や態度は控えるよう獄寺は綱吉から言いつけられた。
元より大人びていた獄寺であったため、その意味を間違わず理解した彼はしっかりと言いつけを守り実行し今に至る。
迂闊に知られてはならないのだ、綱吉の『ドン・ボンゴレ』という顔を。
人間、突然習慣や癖を出さないようにすることは出来ない。高校に入り既に自らの将来を決意していた綱吉にとって、これは獄寺に自分についてきて欲しいという意思表示でもあった。
「待たせちゃったね、案内を頼むよ」
綱吉は黙ってやや離れた場所に控えていた女性店員に声をかけると、そのまま奥の部屋へと姿を消した。後ろ姿を見送った獄寺はなるべく手短に話して引きとってもらおうと、声をかけてきた男へ足を向けた。
常に綱吉と一緒にいた獄寺である。元よりセットで覚えられることが多かったために不思議ではない。にこやかに自分へ視線を送る元同級生に獄寺は小さなため息をついた。
「やっぱお前だったのか!もしかしてって思ったけど、大当たりじゃん。未だに沢田にべったりなわけ?まさかイタリアまでついてきてんの?!」
「沢田さんとは同僚なだけだ。今は仕事で来ていて悪いが時間がない。観光で来てるんだろ?楽しんでけよ」
なるべく手短に終わらそうと、獄寺は事務的に言葉を選んで会話を切り上げる。
学生の頃ならばこれで会話も終わったものだが、いかんせん数年ぶりの再会とあって相手が獄寺の話に食いついてきた。
「就職先まで一緒ってすげーな。どんな仕事してんの?こんな高そうなブランドショップにくるぐらいだから、相当だろ!」
妙に勘のいいところをみせてくる元同級生に獄寺は内心面倒くさいという文字しか浮かんでこない。
「つかなに、沢田は奥に消えちまったけど、あそこってあれだろ?VIPルーム?前にテレビでみたことあんだよな」
「VIPルーム?え、お前がさっきから言ってる沢田ってあの沢田なの?」
またいらないやつが食いついてきた。獄寺はこめかみを押さえたい気持ちになった。このままズルズルと話を引き伸ばされては、これから控えているスケジュールも押しかねない。
どうせこの次、いつ再会するかもわからない奴らである。適当に理由を付けて話をごまかして切り上げようという考えに至る。
「悪いが今お前たちに付き合ってる暇はない。俺はこれから外せない仕事がある。お前らは連れが待っている。スケジュールが詰まってるんだ、俺はもう行かないとならない。いい旅を」
矢継ぎ早にそれだけ言うと、獄寺はくるりと背を向け綱吉のいる店に戻ろうと足を踏み出した。獄寺は既に後ろで自分を呼び止める声には耳を貸すつもりはなかった。 二度目はないのだ。
獄寺が店に戻ったあと、その姿を見送っていた一人が集団から抜け出したことには、誰もすぐには気づくことができなかった。
「遅くなって申し訳ありません。ついてまどってしまいました」
綱吉がいる部屋に着くなり、獄寺はきれいに頭を下げた。言われた綱吉は彼の方をみなかったが気配でわかるのだろう、「気にしないでいいよ。ちょうどいいくらいだ」と、真新しいスーツに袖を通しながら答えた。 店員が低い姿勢で丁重に綱吉の服をなおすと、役目を終えたらしく後ろに控えると一礼し、獄寺の目配せの意味を間違えずに汲んだ彼女は再び丁重に頭を下げると部屋から出て行った。
「やたらとしつこい奴らで、同級生というのもあって久しぶりにうんざりしました」
「はは、昔馴染みの顔っていうのは、やっぱり苦手かな」
綱吉は控えている自分の部下に目配せをすると、ドアを開けさせた。まず盾になるように2人先に出る。その後に続いて綱吉、獄寺、そして残りの部下の順で部屋を後にした。
綱吉たちを乗せた高級車が止まった先は、有名な高級ホテルの入り口だった。
既に外で待機していた獄寺の部下が後部座席のドアをあける。先に降りた獄寺は辺りに気を配りながら、続いて降りた綱吉のやや後ろにつき、 部下たちと共にカウンターのあるメインホールへ足を向けた。
このホテルはボンゴレの傘下であるファミリーが経営を務め、働いている従業員たちも一部のものには綱吉のことが伝えてあった。
そのため、下手な小芝居もせずにスムーズにことが進む。綱吉もこのホテルを気に入っており、それをしってか獄寺はなにかとこのホテルへ綱吉を連れてきている。
今回の目的は、兄弟子であるディーノとの会食だった。
「ディーノさんはもう到着しているって?」
「はい。先ほど連絡がありました」
「そっか、ありがとう。久しぶりに会うから楽しみでさ」
子供のように笑う綱吉に、獄寺は「また部下たちの噂になる」と内心ため息をついた。そんなことはおくびにも出さず、笑って見せているのだが。
エレベーターホールで立ち止まると、ちょうど目の前のエレベーターが到着し扉が開いた。ここでも部下2人が綱吉の両脇を固めるように立っている。ちなみに獄寺はちょうど斜め後ろについていた。
降りてきたのは日本人の集団で、そのまさかだった。
「あれ?沢田じゃん!」
その声と同時に獄寺が思い切り眉間にシワを寄せる。綱吉も表情こそ崩さなかったものの、獄寺と同じ心境だった。
「こんなところでまた会うなんてっすげー偶然だな!」
数十分前に出くわした元同級生だ。何の偶然か、彼らは再び綱吉たちの前に現れたのである。
したしげに声をかけてきた日本人に、綱吉のサイドを固めていた部下らがかばうように前に出る。
「なんだ?これってお前の会社の人?」
不思議そうに聞いてくる彼は、まったくの一般人である。イタリアにも特別詳しいわけではないだろう。おそらくはマフィアという存在すら想像したことがないような。
「俺らさ、このホテルに泊まってるんだよ!結構高級だろここ、」
いい終わる前に、獄寺がエレベーターに乗り階数ボタンを押した。目配せで部下に指示を出すと、乗り込んできた綱吉を自分の後ろに隠し素早く扉を閉めた。
「お、おい!」
驚く声が聞こえたが、エレベーターは既に上へ向かっている。途中別の階で一度止め、部下数人を残し綱吉と獄寺は残りの部下と隣のエレベーターに乗り換えた。
残った部下たちは再び目的ではない階に何度か止まるよう教えられている。
これで恐らくは万が一にも追ってこようとしたとしても、綱吉たちがどこの階で降りたかはわからないだろう。
「流石に驚きましたね」
チン、という音と共に扉が開き、綱吉たちはエレベーターを降りた。獄寺は綱吉の隣を歩きながら本日初めてのため息をついた。ボスの前で情けないだとか、部下がいるのにみっともないだとか、もはや今の獄寺にはどうでも良かった。
「単なる偶然だと思いますが、一応俺の部下に調べさせます」
「うん、そうしてくれると安心かな……心臓に悪い」
スーツの内ポケットから取り出した携帯で獄寺は自分直属の部下へ指示を出している。綱吉もサイドを守っている部下に視線をおくった。
既に最初の偶然ですら怪しく思えてきている。何者かが自分たちの過去を調べ上げて何か仕組んでいるのではないかと。
「せっかく久しぶりのディーノさんとの食事なのに、気分悪い」
ただの一般人なら昔の友人との再会は喜ばしいことなのだが、今の綱吉たちからすれば、この2度目の遭遇のせいで警戒しなければならない厄介な再会になってしまった。
流石にこのホテルでドン・ボンゴレを襲おうなどという怖いもの知らず、否無能なマフィアはいないと思いたいところだ。
「お待ちしておりました。ドン・ボンゴレ。既にご用意できております」
広い廊下のその先にある一番大きな扉の前で、このホテルのオーナーである男性が綱吉に深々と頭を下げる。
「いつもありがとう。俺はここが気に入っているからね。サービスと君が」
にこりと微笑む綱吉に、オーナーは礼を述べながら再び深く頭を下げた。
そしてすぐさま重たい扉を開けると、中から馴染みのある声が綱吉を呼んだ。
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